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我が子への恩返し

出産 育児 アトピー 食事 非ステ

かさぶたまみれの天使ちゃん

呼杜ちゃん連れてると、ジロジロ見られる。

哀しみが怒りに変わるから、スリングで覆うことが多いけれど、顔を出してると、たいてい可哀想って言われる。

呼杜ちゃんの具合を見て、そう思うのは仕方ない。

しかしそれが腑に落ちなくて、そのことをけーちゃんに話したら、

「頑張ってる人に、可哀想はおかしいよね」って。


そう!!そうなんだ!!

呼杜ちゃんは頑張ってるのに、可哀想だなんて言葉は愛がないだろ、だったら黙っててほしい

って思ってただけなんだ私は。


けーちゃんは、いつも、私が気付かないことに気付かせてくれる。だから好きと想う。


何か、障害やみんなと違いがある人に対して、可哀想だとかそんな同情をするのは甚だおかしい。

同情されることを誰も望んではいないし、そんなことはどうでもいいことだもの。

同情してほしいと思う人に関わることは、恐らく無いと思うから、そういう心配もない。


愛がある人の可哀想って言葉は、よく伝わるんだけどね。


当たり前だけど、私にとっては、どんな呼杜ちゃんも可愛い。

見た目も中身もぜんぶ、呼杜ちゃんの個性と思えて、すべてが愛おしい。


それは不変なんだけれど。

まるの時とはだいぶ違うんだ。


毎日誇らしくて。

スリングに入れてると可愛い可愛い言われて、嬉しくてたまらなくて。

用もないのに電車に乗って、見せびらかすように連れて歩いた。


そんな日々は、今は無い。

だから、罪悪感に苛まれることもある。

私は、この子を隠したいのか?

そうじゃない、嫌な気持ちになりたくないだけ。

嫌な気持ちになるのは、どうして?

人のせいにしてるけれど、自分の心の問題でしょう?

私の心のどこに問題があるの?

私はどうしてそんなことを気にするの?


こんなふうに自問自答を繰り返すけれど、抜け出せなくてつらかった。